どもりを無くすには地域社会の改善が必要

どもりという病気は、洋の東西を問わず昔から存在する。人種や国籍にも関係なく発症する病である。男女比でいうと男性に多く見られる傾向が強い。基本的に原因は不明であり、特効薬なども存在しない。ただ、言葉によるコミュニケーションに障害があるという点を除けば、一般の健常者と何ら変わりはない。その点、恐るるに足りない病気であるとも言える。

しかしその一方で、患者本人の悩みや心の苦しみを思うと、極めて深刻な病であると言わざるを得ない。このように、どもりという病気の本質は、患者の心の苦しみを抜きにしては語れない。ゆえに、この苦しみを根本的に解決してあげることこそが、どもりの根本治療だということである。その弊害にネットゲームへの依存がある。

そしてその効果的な治療方法こそが、患者を取り巻く地域社会の改善なのである。

なぜ地域社会の改善が必要なのか?

そもそもどもりとは、コミュニケーション障害である。それ自体は患者に苦痛を与えるものではない。問題なのは、その障害を気にすることによる患者の悩みや苦しみ、痛みなどである。それらは、どもりによる二次障害とも言える。
それゆえ、この二次障害を解決してあげることにこそ、治療の重点を置くべきなのである。

具体的に言うと、周囲の誰もが患者をバカにしたりせず、笑いものにしたり邪魔者扱いしたりもせず、また、まるで腫れ物に触るかのような過剰な特別扱いなどもしないことである。常に自然体で患者と付き合うことができるコミュニテイがありさえすれば、二次障害は劇的に軽減すると考えられる。

もちろん、それは口で言うのは簡単だが、実現するには困難が伴う。

障害者も健常者も共生共栄できる社会の実現

健常者が障害者と自然体で付き合うことのできる社会は、確かに簡単には実現できないだろう。しかし、そんな社会の実現に向けて取り組んでいる欧米各国の幾つかの先行事例を鑑みると、決して現実離れした取り組みとは言えない。
その社会の実現は、日本においても不可能ではない。
地道な取り組みが長く続くことは避けられないだろうが、そうした努力はいつか必ず実を結ぶだろう。

結局、どもりというのは、言葉の障害を何とか解決しようと治療する以上に、この社会全体の改善をすることのほうが更に重要だということだ。

障害者も健常者も共生共栄できる社会の実現こそは、どもりに限らず全ての病気治療に有効な素晴らしい社会なのである。

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